Commuket issue NO.
049
SEP-25-2000
■毎週月曜日更新■
   
今週のコミュケット
   
罵詈雑言
   
うっかりピース君
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名塚のおばちゃん
 お久し振りの登場となってしまった。どうもすみません。まず、近況報告から・・・。

 8月いっぱいは、夏期講習で体力的にも精神的にも疲れ果てた毎日を送っていた。だから・・・と言ってはいけないけれども、とてもエッセイまで気を回せなかった。そして、8月も終盤になって「そろそろ書こうかな?」なんて思っていたところに、なにやらとんでもない事が起こり、大ダメージを食らってしまった。とてもエッセイどころではなかった。でも、多くの方々のご協力もあってこの事は一応決着の形に相成った。ご協力してくれた方々には、この場をお借りしてお礼を申し上げたい。どうもありがとう。

 んじゃぁ〜、今週のエッセイ・・・いってみよう!

 あたしが住む浜松市には「名塚町」と言う町が、JR浜松駅の南側にある。そこは昔ながらの家がたくさんあるが、今では新婚向けのアパートや再開発によってどんどん街並みが変わりつつあるところだ。そんなところに、5年ぐらい前まで母方の祖父の姉が住んでいた。「名塚町に住んでるおばちゃん」ってことであたしは「名塚のおばちゃん」と呼んでいた。

 おばちゃんは、戦争で旦那さんと子供を亡くした。戦争が終わってからずっとずっと一人で住んでいた。おばちゃんの家には小さいながらも畑があって、おばちゃんが元気な頃は自分で野菜を作って暮らしていた。作り過ぎたら「おすそ分けだよ、おいしいだに。」と笑いながらあたしたちにくれた。

 おばちゃんの家の下には、何匹かのモグラが同居していた。おばちゃんの家に行くと、いつもモグラの話をしてくれた。「おばちゃんが夜寝てるとね、下からゴソゴソって音がするだよ。ありゃモグラがあたしん作った野菜を狙ってるだよ。ひろこ、外に出て畑の所を見てごらん。穴があいてるら?あれんモグラの穴だに。」モグラ・・・と言えば「モグラたたきゲーム」のそれしか知らなかったあたしは、生モグラ見たさに外へ出て畑の穴を見た。なるほど、土の下から何か出てきたような穴がある。「おばちゃん、モグラこっから出てくるの?サングラスかけて出てくる??だってモグラってお日様の光が嫌いなんでしょ?」とたどたどしくおばちゃんに訊いた。これには、さすがのおばちゃんも大爆笑だった。「ひろこや、あんた面白い子だね。そう、モグラはお日様が嫌いなんだよ。お日様の光にあたると干からびて死んじゃうだよ。だから昼間は出てこやへんだよ。もうちっと大きくなって一人で泊まれるようになったら、おばちゃんの家に泊まりな。そうすれば夜にモグラ見れるら?」この言葉をしっかり覚えていたはずだが、大きくなっておなちゃんの家に遊びに行く回数も減り、結局おばちゃんの畑の野菜をくすねていたモグラを見ることはなかった。

 もうひとつ、おばちゃんの家の庭には大きな柿の木があった。秋になるとみんなでおばちゃんの家に行って柿を取った。きれいなオレンジ色をしてて、皮をむくとなんとも言えない甘い香りがした。それが楽しみで、毎年秋になるのを楽しみにしていた。

 大きな柿の木だったから、小さかったあたしは背が届かずにいた。木の下で一生懸命背伸びをしているのだが、柿に触る事すらできなかった。ふと木の根元を見てみると足をかけられそうに枝に分かれていた。「しめた!ここに足をかけて木に登れる!!」そう思ったあたしは、慎重に枝に足をかけて、上へ登ろうとした。

 その時だった。「こりゃ!ひろこ!!何してるだね!!」と甲高い威圧的な声が聞こえた。声の主を探すと、おばちゃんだった。おばちゃん声にびっくりしたのは、あたしだけじゃなかった。母も、いっしょに来ていた祖父も祖母も、みんなあたしを見てる。しかも、怖い顔で。「なんか悪い事したのだろうか・・・。」と不安になったので木から降りようとしたが、びっくりしてしまったので身体が動かなくなってしまった。「ひろこや、柿の木は折れやすいんだよ。もし枝が折れてあんたが頭から落ちちゃったらどうするだね? お母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも腰抜かしちゃうよ。おばちゃんだって悲しくなっちゃうよ。ね? いい子だから降りておいで。柿を取りたかったら、おじいちゃんに抱っこしてもらえば取れるで。おじいちゃんに『抱っこして』って頼みな。」木の上で固まっていたあたしに、おばちゃんは優しく言ってくれた。優しく言ってくれたから身体の硬さが取れて、木から降りれた。そして、おばちゃんの言うとおりに「おじいちゃん、抱っこしてください。」と頼んで自分の手で柿を取ることができた。おばちゃんに叱られたのは、最初で最後の事だった。

 だんだん大人ぶるようになってしまったあたしは、中学に入る頃にはおばちゃんの家には滅多に行く事はなかった。たまに母がおばちゃんの家に行っていた。「ひろこ、名塚のおばちゃんがお小遣いくれたよ。お礼の電話しときなさいよ。」と言われて、おばちゃんに「お小遣いありがとうございました。」と電話するぐらいになってしまった。今思えば、あたしはおばちゃんの孫同然だったのだろう。それでも、この頃はおばちゃんもまだまだ元気だった。毎日畑に出てモグラと格闘していた。でも、やっぱり歳には勝てず「腰が痛い」とか「最近身体が弱くなってね。休み休み働かないとしんどいだよ。」と洩らしていた。

 そんなおばちゃんが、倒れた。風邪をこじらせてしまって肺炎にかかってしまったのだ。病状は良くなかった。思った以上におばちゃんは老衰していたのだ。入院したおばちゃんは、病院のベッドの上でどんどん小さくなっていった。小さい頃見たおばちゃんは、身体は細かったけど・・・とても大きな存在感があった。でも、ベッドの上のおばちゃんは、当時高校3年だったあたしの身体の半分ぐらいだった。今にも小さな煙を立ててシュッっと消えてしまいそうだった。「また柿を取りに行くから。背も伸びたから木に登らなくてもても大丈夫だよ。モグラも見なくちゃ。あたしがほうきでモグラを追っ払うよ。」と意識のないおばちゃんの手を握ってさすってあげた。一瞬おばちゃんが笑った気もしたが、あたしの他には気がついた人はいなかった。面会時間が過ぎたので、小さな小さなおばちゃんを残して病室を後にした。

 それから一時おばちゃんは回復したものの、入退院を繰り返すようになり・・・結局あたしが短大1年の頃この世を去った。短大で大阪に引越していたあたしは、浜松に戻ろうかと思ったが「あんたは来なくていいよ。学校の授業もあるし、浜松帰るのにお金もかかるから。おばちゃんには、ちゃんと『ごめんね。』って言っておくから。」と言う母の言葉でお葬式には出なかった。お葬式に出た母からこんなことを聞いた。おばちゃんの骨は、病院で使っていた薬の影響で色が変わっていたと・・・。そして、骨もボロボロになってしまって、お箸でつかめなかったと・・・。一人ぼっちでこの世を去ったおばちゃん。きっと寂しかったと思う。せめてお見送りぐらいしてあげれば良かったと、今頃になって思う。もう、柿の木もモグラも無くなってしまった。おばちゃんといっしょに・・・。

 大きな柿の木にオレンジ色に染まった実がたわわに実ってるのを見ると、「柿の木は折れやすいでね。登っちゃいかんだに。」と言う声が、秋の高い空から聴こえてくるのだ。

[Hiroko Izumi / なんだか悲しいお話になっちった。でもね、おばちゃんのこと大好きだったんだ。おばちゃんのために今回は書きました。ご感想をよろしく・・・。]
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ハッピーマクド

Apple Computer, Inc.
PDA Style
 
Newton いきなりMacとは無関係そうなタイトルで始まりましたが、「PDA」というのは結構Macと密接な関係があるのです。まずPAD(personal digital assistants)は日本では「携帯情報端末」という意味で、わかりやすく言えば「電子手帳」みたいなもの(正確にはちょっと違う)。巷でよく見かける製品だと、手書きでの漢字認識に対応したザウルスや、アルファベットを一筆書きで素早く入力することのできるPalmとかのことです。そしてこのPDAという言葉は、そもそもApple Computer社の元CEO(最高経営責任者)のジョン・スカリーが提唱した言葉で、そのときAppleの新しいジャンルの製品「Newton Message PAD」(以下Newton)を売り出すために言い始めたそうです。

 しかし、このNewtonあんまり普及しませんでした(苦笑)。私も1度店頭で触ってみたことがあるのですが、さすがにインターフェースうまく作れるApple製なだけあって搭載されているNewton OS自体はすばらしい出来でした。それでも5年以上前の話でも当時で10万以上する値がしましたし、何より日本語版がなく(日本語にする他社製ソフトはありましたが)日本では昔からMacを使っている人の記憶にのみ残るものとなってしまいました(現在は開発自体が凍結)。

CLIE ところが、当時はマイナーだったPDA市場も現在では日の目をみるかのように活発化し、特にPalmはPDA市場の80%を占めているそうで2000年は「Palm元年」とまで言われるほどです。Palm Computing社の元祖Palmシリーズ、IBM社のWorkPadシリーズ、HandSpring社の拡張性の高いVisor(私ももってます)、コンパクトフラッシュが使えるTRGpro、そしてSONY社のジョグダイアルを備えたCLIEシリーズと10種以上もあって、もうどれを選ぶだけで苦労するぐらい充実してます。そしてそんなPalmの魅力は、動作の軽快なPalmOSと、世界で1万種類を超えると言われるインターネットで公開されているソフトの多さ、さらには標準でMacでもWindowsでも問題なく使えるところが便利です(SONYのCLIEを除く)。とまあ、あんまりPalmに突っ込んでもハッピーマクドの主旨からはずれてしまうのでこれで終りにしときますね(笑)。

 というわけで、まとめるとPDAを使えばパソコンライフにも幅が出てくるのではないかと思うのです。デスクトップのパソコンでもPDAにデータを移せば、仕事のスケジュールや電話帳などのデータも持ち歩けますし、電車のなかで朝にダウンロードした新聞やメールも読めますし、ゲームもできてしまいます。さらに携帯電話を繋いでHPを見たりメールを送ったりなんてこともできてしまいます。しかも軽くてバッテリーも長もち。あれ?これって日本人の理想とするコンピュータに似てますね。そうなんです、PDAはまさに日本人にピッタリのアイテムなんだと思うのです。電車で移動する時間や、待ち合わせの待ち時間、その他のちょっとした空き時間にサッと取り出して使ってサッとしまうことができるのでムダなく時間を有効に使うことができま す。それに手軽に持ち運んですぐに使えるなんてノートパソコンにはどう転んでもできませんしね。デスクトップパソコンで机の上で縛られている方、たいした作業をするわけでもないのに重い思いをして毎日ノートパソコンを持ち歩いてる方、是非ともPDA導入してみてはいかがでしょう?有効に使うことができればムダの多いライフスタイルが改善されるかもしれませんよ。

[Jun'ichi Moromoto / ボクはVisorで通学途中の電車でwebから落としてきた新聞とMacとPalmのニュース、そしてなぜか罵詈雑言を読んでいます(笑)。でも最近はPocket RoguっていうRPGばかりやっていますが(爆)]
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